北海道の交通関係

日高線廃線区間全踏切に行ってまいりました

2021/04/09

札沼線に続きまして、当サイト管理人は日高線の廃線区間の様々な設備を確認に沿線にお邪魔しました。

日高線は、140㎞以上ありますし、また、海あり、山あり、そして人々の生活と交錯する区間が非常に多く、沿線を確認するだけでも非常に楽しい路線でした。

延長が長いだけに日高線の踏切の数は非常に多く、当サイト管理者が掌握し、サイト内にプロットされている踏切の数だけでも120カ所を超えます。一般的には線路と道路がクロスするわけですから、この一つ一つに住民や使う人がいて、地域にかかわってきたといえます。踏切の名称にはその路線が開業した当時からつけられているものが多数ありますので、その時代背景を知る手がかりになるというものもあります。また、踏切に設置されている踏切名称と距離表示は1m単位での起点からの距離が記載されています。一般的な鉄道ファンが知ることができる路線距離はこのような施設記載のものを見るしかありません。

なお、日高線は確認時は休止中とはいえ現役路線であり、踏切以外での線路横断、施設立ち入りは行っておりません。また、廃線後であっても線路敷地は私有地でありますので、みだりに立ち入ることは行わないようお願いいたします。


では、日高線廃線区間にあった特徴的な踏切をいくつか取り上げましょう。

鵡川大踏切

鉄道路線として残る鵡川駅までの区間で、線路のもっとも南端になるのが、この鵡川大踏切の手前になります。廃線区間の最初の踏切です。以前は枕木3本がレール上に設置されて仮の車止めになっていましたが、現在は正式な車止めが設置されています。
この道路を進むと日高自動車道鵡川インターチェンジへの入口です。そういう意味でも対照的な風景を感じる踏切になります。
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フイハップ浜駅・フエカップ踏切

1990年代にJR北海道は海水浴やキャンプ客向けに臨時駅を開設しました。そのひとつが「フイハップ浜駅」で現在このあたりは立ち入る人も少なく、「海の家」もほぼ廃墟となっているように見えます。
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フイハップ浜駅はこのトイレの裏側にあったとされていますが、痕跡は見当たりません。
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付近の浜辺は遊泳禁止となっています。日高線沿線の浜辺は潮の流れが変わったのか浸食が進んでいる地域があり、ここもそのひとつです。
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フエカップ踏切はこの浜辺に入る唯一の道路に繋がる踏切になります。フイハップとフエカップは語源は同一の別読みと思われます。
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フエカップ踏切に隣接する日野出川橋梁は前後の路盤が流出しており、日高門別までの鉄道復旧も一時検討されていたようですが、その場合この付近も大規模な復旧工事が必要だったと思われます。

沙流川橋梁と人道踏切

富川-日高門別にかかる長大な沙流川橋梁です。この橋梁も胆振東部地震で被害を受けており、橋梁の復旧に多大な費用が掛かることも鉄道復旧が難しかった部分でしょう。
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橋梁の富川側には人道踏切がありました。名称は不明ですが、河川敷を経由して小学校に通うルートだったのかもしれません。
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出口道路踏切・漁場通り踏切

豊里-清畠-厚賀は線路が海に面しています。清畠-厚賀間は災害が多かったこともあり、昭和35年に一部内陸部に線路を付け替えています。旧線区間はいまも橋脚などの遺構が残りますし、新線区間には賀張本道路踏切と賀張川橋梁と二軒通り架道橋があります。この付け替え区間の根本部分、ここも線路被害の大きいところで、内陸部への線路付け替えは日高線復旧に関しては必ず行わなければならなかったと思われるところです。現路線のまま復旧しても、災害被災と補修を繰り返すことになります。
さて、海沿いに列車が走る区間は通常あまり踏切が設置されませんが、豊里-清畠には出口道路踏切が設置されています。地元の建設業者である出口組さんの施設への出入りの道路となっており、踏切の先は私有地となり奥への立ち入りはできません。
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また、清畠-厚賀の漁場通り踏切はその名の通り漁場への道路踏切と思いますが、現在海岸浸食を抑えるためのテトラポッドの一時置き場だったり、航空写真で見る限り、海岸沿いは護岸を固めており「漁場」としての使用はしていないものと思われます。
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コマチップ踏切

ネット上では一度も列車が通らなかった踏切として有名ですが、この踏切は移設踏切ですので、この形になる以前は人道踏切でした。平成27年の町道整備で車が通れる形で再整備されたものです。
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学校通り踏切

節婦駅に近い踏切です。背後に建設中の日高自動車道が見えています。踏切名称版は「学校通り踏切」でJR北海道が踏切警報機に設置した看板には「節婦学校踏切」となっていて、このあたり、若干表記のブレがあります。
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静内海水浴場駅・ウセナイ浜踏切(名称推定)

過去には海水浴客でにぎわった面影は全く見られない、ウセナイ浜(有勢内)付近にある踏切です。人道踏切になります。
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過去にはこの付近にもJR北海道が海水浴臨時列車を停車させていました。ホームがあったわけではなかったようですので痕跡はありません。
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第1色の沢踏切・奥ノ沢線踏切

日高線は東静内を出ますと内陸に進路を取ります。競走馬牧場をいくつか横目に見たら、さらに山の中に分け入っていきます。そこに存在するのが第1色の沢踏切です。この踏切、一応地図上は道路があることになっており、なおかつその先には耕作地・牧草地に繋がっているのみで、どこにも抜けられません。離農したのか使用していないのかはわかりませんが、完全防備でGPSを頼りに(一応はクルマの走れる道路から見えている)藪をこいで行くことでやっと到達できるのがこの踏切です。「第1」となっているので、第2があるのかと恐れましたが、航空写真上も列車走行動画でもこの付近はこの1か所と推定します。(過去に使用していた廃踏切が無かったとは言えないが、道路が全くないので確認できない)
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鉄道はこの先第一春立トンネル、第二春立トンネルを通りますと、もう一つ4種踏切を通過していました。ここが奥ノ沢線踏切となります。この踏切は国道から春立神社に向かった道の突端の農家さんの耕作地に続く道路に設けられたもののようです。
ちょうどこの農家さんのご家族様がいらっしゃって、踏切を見たい旨を申しますと快諾いただき、この道路を使わせていただいておりますが、こちらも今はほとんど使っていないとのことで藪が濃く、難儀いたしました。
日高線廃線区間全踏切に行ってまいりました
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第二春立トンネルが踏切から見えます。なお、警報機が無く4種踏切でトンネルが近いことから、現役時代はなかなか危ない踏切だったように思います。とはいえ一般的な通行は一切ない踏切ではあります。
この2か所の踏切は踏切として存在している状況では、最低限の保守のためにJR関係者がこの道路を行き来していたものと思われますが、廃線後近づくことはかなり難しいものと思われます。

姨布陸橋

日高東別と日高三石の間は代行バスも直通せずに一旦国道を経由します。しかし、ダートで狭いもののこの2区間を繋ぐ道路が鉄道と並走して存在します。これが林道ウバフ線で、日高東別側に第1遠別線踏切で線路を横切ります。線路はこの後三石トンネルを経由しますが、林道は1.5車線幅程度のダート道をくねくねと高度を稼ぎ妙に新しいこの陸橋に到達します。
日高線廃線区間全踏切に行ってまいりました
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完成は1988年10月とのことで、それまでは付近に踏切があったと想定されますが、踏切跡らしきものは見当たりません。

荻伏-絵笛の小柳踏切と絵笛-浦河の勝手踏切

さて、踏切というのは、公道に設置されていれば全く問題ありませんが、時に私道と思しき場所に設置されていると、調査が難儀いたします。この2つの踏切は、どうたどり着くべきか何度か悩んで、結果的に調査できた踏切になります。
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何れも遠回りして、徒歩で行くことで見ることができています。正攻法だとちょっと難しいかもですね。


荻伏駅付近のとても勝手な勝手踏切

航空写真から見ると、道路があって踏切があるという形で、道路まで書かれているのに、現地に行ったらとても勝手っぽい勝手踏切だったのがここ。奥に見える家にはここを経由しなければ行けなさそうなのですが、廃材などを積み上げた勝手踏切となっています。JR的には非公認だと思うんですよね。
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東町-日高幌別の昆布干し場を線路が横切る区間

これを勝手踏切とするのがいいかは何とも言えませんが、それ以前に住民がいて、昆布干し場として使用している浜と住居の間に線路が敷かれている以上、線路の横断は日常的なことになっていたであろうと思います。列車が動かなくなって、安全な作業が行えるようになったとも言えます。
どうしても線路を作業用の車が渡るところだけ簡易な踏板をJR非公認に設置していたように思われます。
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鵜苫稲荷神社

ここは間違いなくJR非公認で踏板もない勝手踏切なのですが、見ての通りここを横断しなければ神社に参拝できません。神社に行く他の道はなく、神社の建設資材もここを使って搬入したものと思われます。
通常は勝手踏切脇には「線路横断禁止」などと警告が表示されますが、ここは「線路横断注意」という浦河駅長名の看板があり、黙認しているというか、そのような運用になっていたようです。
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ざっと踏切を紹介してきましたが、距離が長いだけに踏切もいろいろで、楽しい路線でありました。設備が撤去される時期にまた、是非訪問したいものです。

カテゴリ: 北海道の交通関係 JR北海道 日高線

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