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江別・岩見沢の保存鉄道車両を見てきました

2021/09/14

以前ニセコエクスプレスの公開に合わせて、後志地方のいくつかの保存車両を見てきました。今回はその2回目、江別や岩見沢方面にある保存鉄道車両をいくつか巡って参りました。

前回の記事

North-tt 2021/07/07
ニセコエクスプレス公開に合わせて後志地方の保存鉄道車両を見てきました
https://traffic.north-tt.com/09_article.php?article=1061



気になる今後の保存車両

前回も記事に記載しましたが、現在なかなか鉄道車両を保存するということは難しくなっているのが現状ではないかと思います。車両はただ設置すればいいわけではなく、冬期は雪の対策が必要ですし、何年かおきに塗装を塗り直す必要もあるとなると、搬入にも費用がかかり、搬入後も少なからず費用がかかるという問題がありましょう。

日高線で使用していた、キハ40型の日高線専用塗装の350番台車は2両が苗穂運転所に留置されていましたが、ついに解体されるようです。これは、場合によっては日高線沿線で保存の話がある可能性なども示唆していたのではないかと思うのですが、結果的にはそのような話は無く、保存されることはありませんでした。

このような多数の量がある今だからこそキハ40の保存は動き出さなければ、あっというまに解体されてしまうのは目に見えた話です。1編成の先頭車2両が保存された711系だって114両あったのですよ。それが2両だけです。特急車両であってもキハ183も2両が安平にあるだけ。今運用され残っているものも、手を着けなければそれまでです。

(苗穂工場で解体待ちと思われるキハ40。クレーン車は切断した部品などを持ち上げるためのもの)

1980年代とは時代が違うからというのは簡単ですし、今は金銭面で厳しいのもよくわかりますが、保存する気持ちが少しでもあるなら、今動かなければもう保存は無理でしょう。



江別・岩見沢方面の保存車を見てみる

●「山田コレクション」三菱鉱業芦別専用線102号機

江別市内には通称「山田コレクション」といわれる個人が所有していた鉄道車両が保存されているとされています。そのうちブルーシートにかけられていますが、外に出ているのが三菱鉱業芦別専用線の102号機とされる蒸気機関車になります。

日本鉄道保存協会2018年9月会報
http://www.rpsj.jp/kaihou/pdf/201809.pdf



この機関車は2017年までは江別市文京台(大麻駅近く)に保存されていたもので、現在の位置に移設されています。そのあたりの経緯が「えべつナビ」にあります。

えべナビ 2015年6月11日
【蒸気機関車?】コンビニ駐車場にブルーシートで覆われた謎の車両 山田コレクションとは?[北海道江別市文京台(大麻地区)]
https://ebetsunopporo.com/?p=1286

2017年10月26日
江別の謎の蒸気機関車がついに姿を現す!放置されていたSL撤去へ[北海道江別市文京台(大麻地区)]
https://ebetsunopporo.com/?p=11067

2017年10月26日
【続報】江別の謎の蒸気機関車、市内の別の場所へ移動!わずかなお披露目の後再びブルーシートの中へ
https://ebetsunopporo.com/?p=11092


また、この江別市在住の山田氏から2011年に日本鉄道保存協会に15両に及ぶ鉄道車両が譲渡されており、2棟の倉庫に眠っているとのことですが、なにぶん「見た人」はかなり少ないものと思いますので、その状況なども不明です。日本鉄道保存協会への譲渡から10年を経過していますが、この車両群は公開されず、そして2018年にその1両であるC11 1(釧路開発埠頭を最後に現役引退した私鉄機であり同番国鉄機とは別)が東武鉄道に譲渡されています。

えべナビ 2018年11月8日
「C11 1」蒸気機関車が北海道江別市から東武鉄道へ旅立つ 鬼怒川線SL大樹C11 207号機と2機体制に
https://ebetsunopporo.com/?p=14280


この写真を見る限り屋内保存で非常に状況が良かったことが譲渡の理由になろうかと思われます。

現在の現地付近の102号機の写真を掲載します。



(夕鉄バス野幌ターミナルにほど近い「きらら街道」入り口にブルーシートで囲まれている状態で設置)


(2棟の倉庫に車両が保存されているのか、それは私もわかりません。近くの北海工機工場付近には旧夕鉄の腕木信号機が立っている)

倉庫内に入っていないこの102号機関車に関してはブルーシートでは覆われていますが、冬期は雪が機関車に乗る場所ですので、あまり状況が良いとは言えません。しかし、他の車両も含めた維持管理費は多大であると思われますし、公開することの問題点も見えますので、今しばらくはこのままであろうかとも思われます。

なお、東武鉄道に渡ったC11 1はC11 123に改番されるとのことで、現在修復作業中。JR北海道からの貸与であるC11 207と真岡鐵道(芳賀地区広域行政事務組合)から譲渡されたC11 325と合わせ3両を動態保存することにしています。


●江別火力発電所専用線保存車

現在は北海道電力の総合研究所となっていますが、石狩川の流域に近い江別市対雁には1991年まで火力発電所が稼働していました。石炭火力発電所であり、その熱源となる石炭は江別駅からの専用線で運ばれており、発電所閉鎖後は専用線も廃止され現在は「四季のみち」として遊歩道となっています。遊歩道は全長1,560メートルとなっており、ここをゆっくりと小型ディーゼル機関車に牽かれた石炭貨車が走っていたのは子供心にも記憶のある場所です。

遊歩道は一部分が枕木を敷き詰めた形だったり、舗装だったりと変化に富みます。天気が良ければ散歩もいいでしょう。


(遊歩道は線路跡をトレースしている)

地元では3番通りといわれる通り沿いに最近蔦屋書店ができまして、この近くに機関車1両と貨車1両が保存されています。なお、四季の道の駐車場は何カ所かありますので、店舗への駐車は遠慮されたい。

(機関車は日立製。C形機で25tかと思いますが、メーカー銘板のみ。運転席側に「2」と記載。1962年製造)

(貨車はセキ8000で1981年製造1991年廃車と短命の貨車になります。国鉄末期に製造されたセキ8000の保存車はこの1両のみです)




(冬期はシートがされており、最近塗装し直されたようできれいな状況を保っています)

(付近には蒸気タービンなどの発電所関連の部品も展示してあります)

Youtube
こちらもえべナビ様のサイトで紹介されていた、個人撮影と思いますが、貴重な動画映像がありましたので当サイトでもご紹介。江別を出て、野幌方で一旦スイッチバックの形で専用線に入っていったのがわかります。また、使われていた石炭貨車も道外禁止で低速でしか走行できないロセキ3000またはロセキ6000も併用されていたようで、本線でもセキ8000の高速性能が発揮できなかったようですね。(車両番号の「セキ」の前にある小さな「ロ」は地域限定運用であり、かつ最高速度65キロ以下の貨車につけられます。北海道内限定で、空車時65キロ、積車時は55キロに制限されていたセキ3000などは黄色の帯と「道外禁止」の表記をされていました。セキ8000はその制限が解除された車両です)

2:21 函館本線から江別火力発電所用専用線の引き込み線へ入っていく映像
3:26 函館本線から支線へ入る付近の映像
5:07 現在の「四季の道」を走って行く映像




●岩見沢市みなみ公園の機関車

ここには2両のSLが保存されています。D51 47とC57 144でありいずれも室蘭線などで走っていたものです。屋根が用意されており、冬期もシート養生されており、また塗装も行われているので比較的きれいな状態を保っています。




(2両の機関車は比較的良い状況を保ち、案内板もある)




(しかし、コンクリートで基礎を作ってあるが割れて若干だが沈んでいる感がある。これを直すのは大変であろう)




北海道新聞 空知面 2021/04/27
SL修繕 担い手求む 岩見沢の保存会 高齢化で会員減 「車両残す仲間増やしたい」
> 【岩見沢】市内9東2のみなみ公園で展示されている、2両の蒸気機関車(SL)の保存・修繕を担う「岩見沢市SL保存会」が高齢化による会員減少に悩んでいる。車両の冬囲いなどで人手が必要なため、保存会は「鉄道のマチ岩見沢を見つめてきた貴重な車両。後世に残すために、仲間を増やしたい」と新会員を募っている。
> 当初260人いた会員は高齢化で年々減少。現在は70~80代の22人にとどまる。中村さんは「会員の平均年齢は76歳。2両の機関車に興味を持つ人なら、ぜひ仲間に加わってほしい」と呼び掛ける。


記事の一部ですが、1976年から岩見沢市内で保存されていたこのSLは1982年に現在のみなみ公園で保存を開始しています。現在の保存会のメンバーで維持できなくなれば、前回記事の倶知安のような状況になってしまいそうです。保存会という形でなくてもマンパワーでまず冬期の養生だけでも手があるといいなと思っています。


●岩見沢市万字線鉄道公園の機関車

1985年に廃止された万字線は駅舎が残っている駅も多く、保存車だけでなく廃駅舎も楽しめる路線になります。その中でも朝日駅は駅舎、ホームが残っており、踏切警報器なども移設され、万字線鉄道公園となっています。
付近は遊具や駐車場もある公園となっており、一時は駅舎内も公開していたのですが最近は公開されていないのはコロナ渦のためなのか、管理上の問題があるのか。

ここに展示されている機関車は、市内の東山公園から移設したB20 1で、小樽築港で入替機として使用されていたものですから、特段万字線とは関連はありません。

(朝日駅駅舎とホームは当時のまま残されている)





(機関車の部分は屋根が設けられていますが、屋根の一部が歪んでいるなど、当地が豪雪地帯であることを物語ります。小樽築港時代から存在するベルの装飾も残っていますが鳩は気がつかれず塗りつぶした模様。しかし、最近塗装されたと思いますので、思ったよりきれいです)


(また、B20移設前に作成されたと思われる看板によると9600の動輪が展示されています)

廃止線の跡地として駅や車両を展示して維持していくというのは大変なことです。1980年代だから駅舎を残せたとも言えましょう。廃線から36年が経過していますので、建物の維持だけでも相当な苦労がありそうです。

北海道新聞 空知面 2021/08/13
<そらち炭鉄港めぐり 2021夏>8 朝日駅舎(岩見沢) 万字線の足跡 一帯で伝え
> 岩見沢市中心部から車で20分余り。1985年に廃止された旧国鉄万字線の木造駅舎は今、道道夕張岩見沢線のそばで情趣を漂わせながら静かにたたずむ。
> 今の駅舎は56年に改築された。裏の野道を2、3分進むと、佐藤さんが勤めた朝日炭鉱の坑口跡にたどり着く。産出した石炭は駅に隣接する選炭場を経て貨車に積載され、上流の万字や美流渡から来た蒸気機関車が毎日搬出していった。74年の閉山から半世紀近くが過ぎた今、石炭に代わって坑内からは水が湧出、駅裏へ注ぎ込んで池を形成する。
 今は駅舎を訪れる人は多くない。ただ、市は建物老朽化で7月1日に閉鎖した「万字線鉄道資料館」(奈良町)と、美流渡交通センター(栗沢町美流渡本町)2階の資料展示室を、朝日駅舎に近い朝日コミュニティ交流センターに集約し、年度内にも公開する方針で、今後朝日地区は万字線の足跡を伝える拠点となる。佐藤さんは「駅舎とセットで当時を感じてもらえたら」と願う。


記事にあるとおり、「万字線鉄道資料館」は閉館しており、また、美流渡交通センターの展示も平日のみと見ることが難しい施設で、ここに集約されることは喜ばしいことでもあります。ただ、今の現役時代を伝える駅舎とは変わってしまうので、現況を観たい場合はお早めの訪問をおすすめします。


●岩見沢市大地のテラスの711系

前回の記事でも記載していますが、岩見沢市の郊外に711系2両が展示してあります。「大地のテラス」は農業生産法人直営のファームレストランで2015年にオープンしています。シュラスコをバイキングスタイルでいただける店で、食べ放題ではないメニューもあります。


(岩見沢市の郊外にあり、公共交通機関での訪問は難しい)







(外観を補修中とのことですが、半年前との比較で作業が劇的に進んでいる感じはありません。仕方ないことですが、手が足りていない感があります)


(クハ711-103は座席が撤去されており、2両とも店舗側はサボ受けなどはない模様。車体表記は一部残っている)

北海道新聞 空知面 2016/10/18
「赤電」を後世に 保存会発足、出資募る 岩見沢
> 赤電は当初解体される予定だったが、鉄道ファンでつくる北海道鉄道観光資源研究会(札幌)がインターネットで出資を募り、JR北海道から購入。昨年8月、研究会と親交のあった農業生産法人道下産地(道下智義社長)運営のファームレストラン「大地のテラス」敷地内に移設された。車両は公開し、研究会が定期的に清掃してきたが、外装劣化も進んでおり、保全に取り組むことにした。


ご飯を食べながら、711系を愛でるのもいい感じではあります。ただ、やはり近くで見ると厳しい感じがあります。冬期もブルーシート養生などは行っていないようですが、それも現役時代の形で観て欲しいという話かと思います。ただ、そのために痛みが酷くなるという面とどう折り合わせるか?が難しいところです。


さいごに

江別の倉庫内で観られることなく保存されている、状況の良いと言われる保存車両と、岩見沢の誰もが観ることができ、近くに行くことができるが、補修の金銭面でも人員面でも間に合っていない保存車両のどちらがいいのか?というのは当然簡単に言えはしませんが、保存の熱意そのものは両者何も変わらないのだと思います。

降雪が多く、そのまま放置してしまえば、どんな車両でも腐食していき、いつかは崩壊してしまいます。一応壁のない「カーポート」スタイルの建屋は固定資産税の対象外とされていますので、なんとか「屋根」をかけられないか?という考え方はあるかもしれません。それでも現役当時の状況からは大きく変わってしまいますので、それを嫌がることもわからないでもない。

しかし、必要なのは「後世に残すこと」なのだと思います。少しでも長く、車両を保存するにはどうすればいいか?というのが、悩みどころですし、当然金銭面の問題もありましょう。

そして、人口減少の世の中に、維持管理する人がどうしても世代を超えていかないことの問題点もあります。そこにはSLを身近に感じない世代というのもありますし、高度成長期の車両にしてもその産業遺産としての必要性を感じてもらえない状況があること。そして余暇の多様化や賃金の上がらない中で、保存に金品を出せるか?という社会的な問題にもつながっていくのかもしれません。

(由仁町の自動車販売会社のショールームに展示されているスバル・アルシオーネ。1985年から6年ほど、9万台ほどしか製造されず、現存車も多くない乗用車を保存するのも難しいことだと思うのです)

続き

North-tt
栗山・長沼・夕張の保存鉄道車両を見てきました
https://traffic.north-tt.com/09_article.php?article=1072



北海道の交通関係 JR北海道 保存車両

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