北海道の交通関係

室蘭線の「貨物線」を見てみる

2021/10/06

室蘭線は長万部を起点に東室蘭、苫小牧を経由して岩見沢に至る211.0kmの本線と、室蘭-東室蘭の7.0kmの支線からなるJR北海道の路線です。

最初の開通は北海道炭礦鉄道室蘭線として1892年(明治25年)に開通した室蘭-岩見沢で、その後国有化。1928年(昭和3年)の静狩-伊達紋別間開業で現在に至る基本的な区間が開通しており、最初の開通から130年近くとなる歴史ある路線となります。

これだけの年月を経ていますので、複線化などの改良や路線経路の変更などがあり、特に大きいのは1960年代から70年代に行われた複線化およびトンネルなどによる直線化工事と1980年の電化に関わる工事で、各所で線路の付け替えが行われていますので、今でも一部に旧線跡を見ることができます。

最近国土地理院の提供するサイトは非常に便利で、航空写真を「時系列表示」にしますと、ある程度変化を切り替えてみることができます。室蘭近郊ですと1960年代1970年代後半、そして2009年の航空写真が比較できるようです。(これは撮影地域により異なります)
この航空写真に地図を重ね、さらにGoogleMapの航空写真なんかを参考にすると、ある程度過去との比較ができそうです。

国土地理院
https://maps.gsi.go.jp/


例えば陣屋町(貨物駅)-本輪西の間、第二陣屋トンネル付近を見てみましょう
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(2009年の航空写真と、現在の地図を重ねたもの)
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(1960年代の航空写真では、トンネルが見えませんので、この区間は「旧線」が現役時代だったと言えましょう)
陣屋町-本輪西間の複線化は1978年ですので、1974-1979の航空写真では建設中と思われるこの区間を見ることができます。

今回取り上げるのは、その旧線を一部転用している「貨物線」の話です。


室蘭付近の「貨物線」

この区間を取り上げたのは理由がありまして、この御崎-陣屋町間の複線化後の旧線区間を貨物線に転用しており「一応」現在も現役線であるということで、現地を見に行ってきたわけです。

GoogleMap 室蘭線貨物線
https://www.google.com/maps/d/u/1/edit?mid=1l16Da1VcC_5T3zm9XOINht4fu-eTR5PX&usp=sharing



陣屋町駅

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陣屋町(じんやまち)駅は1970年までは旅客営業を行っていた駅。旅客営業当時は旧線時代ですので、もうすこし南側、現在の国道付近に駅があり、駅前には砂浜があったこともわかります。
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現在は埋め立てられ石油関連施設ができていますので、旧線の面影はほぼありません。本輪西からの旧線敷きはほとんど国道の拡幅に使われています。

ここからの貨物線は2008年までは木材チップ輸送に使用されていましたが、その後休止、2012年には一旦復旧させミャンマーへの譲渡用貨車などをこの路線を使って埠頭に運んでいます。また、2015年・2016年にも711系や北斗星用・はまなす用の14系・24系客車などを搬入してここで解体しています。しかし2020年のキハ183系の搬入時はこの線路を使わずトレーラーでの搬入を行っていますので、実質的に廃路線といえるかもしれません。

なお、陣屋町駅へは国道脇の細道から駅前まで行くことは可能ですが、駅構内は立入禁止となっています。駅本屋の写真は撮影可能と思われます。

陣屋トンネル

旧線と新線が分かれますと2つトンネルが並びます。どちらも「陣屋トンネル」という名前になっています。旧線側のトンネルは現状網がかけられ、中には入れない状態になっています。当然列車の通行もできませんので、実質的に廃線といえましょう。
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外港1号踏切からトンネルが見えます。

外港1号踏切

陣屋トンネルを出ますと、小さな踏切を通過します。踏切の名称は外港1号踏切となっています。道路から見ると通り過ぎてしまうような道で、一応現住の住宅が先にあるものと思われます。
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踏切名称は看板で表示。民営化後はJR貨物の施設となりますのでJR貨物の看板が立っています。
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遮断機はすでに外されており、警報器にもカバーがかけられています。踏切前後には線路上に枕木が設置されており、列車が通れないことを示しています。1kmを示すであろう距離標があります。なお、この貨物線、陣屋町駅の「構内扱い」となってますが、陣屋町駅からの距離を示していると思われます。

この踏切から道路をさらに先に進みますと現在線の室蘭線の線路に出ます。
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ここには踏切があったような雰囲気があります。踏切制御のボックスには「崎KC」となっていましたので、崎守踏切とか、そのような名称だったのかもしれません。
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現在線の陣屋トンネルの抗口と踏切跡と思われる箇所が見えます。
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道路は第2崎守トンネルのポータル上を通過します。付近のコンクリートには1967年の銘があり、翌1968年の新線開業ですので、そのための工事の産物であろうことが推測できます。新線開業時からこの道路を付け替えていると思われますが、踏切と道路の関係は付近に工場などがあった関係なのか、ちょっとよくわかりません。2006年にはすでに踏切はありません。

特段無関係な話ですが、新線のトンネルが電化断面に見えますので、この区間が予定だけで電化されなかったのは非常に残念に思います。


旧国道踏切

この貨物線と平行するこの道路も国道37号線の旧道であろうかと思います。1960年代にはもう現道が航空写真で見えますので、早くからつけ変わった区間と思います。この道路と室蘭線旧線の海側は「海岸線」でありました。現在の形になったのは埋め立てられた結果です。

室蘭線旧線もこの「旧国道踏切」でおしまいです。その名の通り旧国道を貨物線が横断していますが、室蘭線旧線はここを横断せずに道路に並行していたようですね。
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この踏切も遮断機が外されており、警報器はカバーがされています。
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ここで道路が曲がっているので、注意が必要なポイントです。一応現役踏切ですが、一時停止する車はほとんどいません。
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遮断機機器は非常に新しく2010年製のものがついています。2008年の休止後に新しくなってるのは、その後の使用も見越していたのでしょうか。

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ここで、線路を渡る「勝手踏切」のような場所があります。これは北海道電力伊達火力発電所へ重油を送油するパイプラインがこの下を通ってるんですね。で、このパイプライン、室蘭市内はほぼ室蘭線の旧線を使用しています。

北海道電力 伊達発電所 燃料輸送パイプラインの概要図
https://wwwc.hepco.co.jp/hepcowwwsite/info/2013/__icsFiles/afieldfile/2013/08/07/130807.pdf
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なお、この先旧線の元室蘭トンネルの中もパイプラインが通っており、その先は市道などを経由しているようですね。

ここからは貨物線は道路の海側に渡りまして、まだ旧国道である道路と併走します。


新埠頭踏切

道路から埠頭側に入るためにはこの踏切を越える必要があります。埠頭側から室蘭市街地側へはこの道路が必要で、運輸関係者にはうれしくない踏切に見えます。
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同様にJR貨物による看板が設置されています。
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「7」の距離標は700mを表しますので、このあたりが陣屋町起点1.7kmとなりそうです。
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この踏切も警報器はカバーされ、遮断機は外されています。また、前後の線路には枕木が載せてあり、列車の通行はできません。


陣屋町臨港駅

駅としていますが、この貨物線が陣屋町駅の構内扱いですので、駅in駅という感じになりますか。ともかく、ここまでがJR貨物の管理する貨物線となりそうです。
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建物自体は「室蘭開発株式会社陣屋現業所」と記載があります。室蘭開発はこの先の臨港線を室蘭市から運営を委託されている市の第三セクター企業となります。室蘭開発は埠頭内のクレーンなどの維持管理や倉庫の運営を行う会社で、2008年の貨物輸送終焉まで小型機関車による入れ替えなどの作業も請け負っていました。
また、東側にも臨港線があったようで1970年代の航空写真には臨港駅から東側への線路も見えます。


崎守埠頭公共臨港線「山手線」

やまのてせんではなく「やまてせん」と思われます。臨港駅から見えている山側の線路です。室蘭港で陸揚げされた木材チップを貨車に積み込むことができ、ここから萩野まで日本製紙白老工場へのチップ輸送が行われていました。この貨物列車が2008年に廃止されたことで、この貨物線はほぼ使われなくなりました。
今は廃車になったディーゼル機関車DD51が見えていますが、道路が並行しておらず近くには寄れません。
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崎守埠頭公共臨港線「海手線」

こちらの路線は国際貨物輸送に従事すべく建設されたとされていますが、残念ながら使用されたことは無いとのことです。
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とはいえ地理院地図の1970年代航空写真。これ、貨車留まっていませんかね?試験的に入れたものなのか、チップ輸送などで使っていたのか。
3カ所ある踏切を臨港駅側からたどります。
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まず最初の「大通」を渡るカーブの踏切です。うらぶられた看板が残されていますが踏切名称などはわかりません。
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2つめの踏切は海側が保税区間と思われ立入禁止です。
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最後の踏切は少しカーブしており、倉庫に沿って線路が続きます。一応は線路としては生きてるんでしょうが、踏切を見る限り使えそうにありませんし、根元が全く現状使えませんからね。
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そして終端です。よく見えませんがこの最後の倉庫前だけ2線で来ています。


おまけ:タイへの輸出が行われるキハ183と放置されるDD51

2020年にここに輸出用としてやってきて一時的に置いてありましたキハ183系車両は今後タイに向けて輸出されるとのことです。

引退ディーゼル車 タイで復活 JRが無償譲渡 来年にも運行
2021/09/12 北海道新聞
> 【バンコク森奈津子】タイ国鉄は10日、JR北海道から、中古のディーゼル車17両を譲り受けると発表した。特急「オホーツク」(札幌―網走)、「大雪」(旭川―網走)などで使われていた車両で、改装後、来年にもタイの鉄路で活用する計画という。


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ただ、海風の直撃な場所ですので、状況はあまり良いように見えません。今後どのように使用されるのか興味深いところです。

また、山手線側にいたDD51とは別に台車を外されたDD51と軌道保守用の車両も輸出を待っています。
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もう一つの貨物線(志文-岩見沢操車場)

さて、今日はもう一つ。室蘭線は1994年に志文-岩見沢間で線路を付け替え、1.7kmほど路線が長くなっています。その付け替えた線路というのが元貨物線であります。
この貨物線は1961年に作られたもので、志文-岩見沢を上幌向側に迂回する形で岩見沢操車場に直接接続可能な路線として作られました。元からあった旅客線とともに単線並列の形で「複線化」されたことになります。

当時は万字線があり、1978年までは貨物列車があった万字線ではありましたが、万字炭鉱は1976年の台風被害で閉山。路線自体も1985年と比較的早いタイミングで廃止になります。あくまで個人的な話ですが、万字線上志文駅前にある岩見沢市の萩の山市民スキー場は列車で何度も通っており、上志文銀嶺号(スキー号)は思い入れも強く残っています。

この区間、操車場を経由する貨物列車は貨物線を、旅客列車と旭川方から苫小牧方に直通する貨物列車は旅客線を使用していました。しかし岩見沢操車場は1980年に廃止。岩見沢操車場付近は函館線を操車場を抱き込む形で上下線を分離する計画がありましたが結局それは行われませんでした。
1981年には室蘭線苫小牧-岩見沢のCTC化が行われており、志文駅の運転扱い要員が廃止、また、志文、栗沢、栗山も含め多くの駅はその後1984年に無人化されます。結果的に1986年11月改正の貨物合理化をもって志文-岩見沢操車場の室蘭線貨物線も休止となったと考えられます。(現実的に1981年以降、貨物線の列車はほぼ運行されていなかったと思われます)

追記:志文駅の運転扱い要員、室蘭線のCTC化後も万字線のスタフ閉塞要員はいたんじゃないか?とも思えます。




岩見沢市内の室蘭線の跡地利用と架道橋

上幌向付近の室蘭線貨物線
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https://maps.gsi.go.jp/#18/43.186328/141.725293/&base=std&ls=std%7Cgsi-compare-photo,0.75&blend=0&disp=1&vs=c1j0h0k0l0u0t0z0r0s0m0f1&d=m
室蘭線貨物線が函館線と平行する付近です。上幌向駅近くで国道12号線をオーバークロスする形になっています。1970年代は国道12号線もまだ2車線であったことがわかります。


国道12号線は岩見沢市内のバイパス部分を1981年に4車線化しており、このときに建設されたのが室蘭線の旅客線をオーバークロスする大和跨線橋となります。この跨線橋が1979年に完成したことで室蘭線の踏切を解消し市内渋滞を緩和できたことになります。そして、北海道開発局は混雑が多いとして、さらに上幌向地区の国道12号線の4車線化工事を行う計画を立てました。このときに問題になったのが休止貨物線の上幌向跨線橋です。

<地域リポート> 岩見沢-動き出す国鉄跡地利用
1990/11/27 北海道新聞
> かつての国鉄のまち・岩見沢市の中心部に点在する旧国鉄跡地が、利用されないまま放置され、まちづくりの大きな障害となっている。このため、市は最大面積の岩見沢操作場跡地(二十七ヘクタール)を核とした利用について、国鉄清算事業団やJR北海道と平成三年度から協議を始める予定だ。
> また、同操作場の東端を走り、函館本線に合流する室蘭本線(下志文町-一条西一三丁目間の約三・五キロ)の撤去計画が沿線住民らの強い関心を集めている。同区間のう回線である志文-岩見沢間下り貨物線を本線とし、現本線の跡地を利用しようというもので、地元の住民グループは「四条通りの室蘭本線こ線橋撤去と同用地の活用を」と市などに要望している。


室蘭線の貨物線の旅客線への転用は、市街地を経由する旅客線が町を分断する岩見沢市の都市計画上の問題を解決すること、そして、国道12号線の4車線化工事を行うにあたり、休止貨物線の跨線橋を撤去する必要があり、この跨線橋を架け替えることで旅客線に転用することでこの2つを効率的に行うという意味がありました。なお、国道12号線の4車線化は札幌-岩見沢で2007年に完全に完成しており、岩見沢-滝川も峰延地区市街地と、「光珠内こ線橋」など美唄市進徳町付近を除き4車線化が完了しています。

JR室蘭本線 岩見沢-志文間 11月新線に切り替え 旧貨物線を再活用 現線撤去へ 市街地の開発に弾み
1994/09/14 北海道新聞
> 【岩見沢】岩見沢市内を南北に縦断するJR室蘭本線の岩見沢-志文間(五・四キロ)が十一月一日から、現在使用されている線路より最大で三キロ西側にある貨物線路に切り替えられる。
> 室蘭本線の岩見沢-志文間は、旅客用の現線路のほかに、市街地をう回する形の貨物線路が敷設されている。炭鉱閉山や支線廃止で、この貨物線路が使用されなくなったため、旅客用の線路として再活用し、現線路を取り外すことになった。
 現線路は市街地の条丁目地区と大和地区を斜めに分断しており、四条通りと国道12号では線路をまたぐ陸橋が建設されている。幹線市道である七条通りでも踏切が通行の支障となっている。
 それが廃止となることで、四条通りの陸橋廃止が検討されるなど、条丁目地区と大和地区を一体化した土地利用の可能性が高まっている。また、JR函館本線を南北に貫く新しい幹線道路として浮上している西二○丁目線新設も視野に入ってきた。


現在のところ西20丁目線は線路を越える形では完成しておらず、室蘭線上幌向架道橋付近の第14線踏切から市街地の岩見沢架道橋までの約3キロ線路を横断することができません。

それでは貨物線として建設された現室蘭線を見てみましょう。

志文駅

志文駅は現在相対式2つのホームで交換可能な設備を維持していますが、現状定期列車でここで交換する列車はないと思われます。線路は上下線が別れていますので岩見沢方面への列車を利用する場合跨線橋の利用が必須です。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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広い構内に石炭列車が多数いた時代を思い出すのは非常に難しいことです。駅舎は1988年に新築されたもので、除雪要員の待機用の詰所はあるものの窓口機能などが無く、無人化後簡易委託も行われていなかったことが覗えます。
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道央自動車道の下あたりが貨物線と旅客線の分岐ですが、全くわかりませんね。

5カ所の踏切

貨物線区間には5カ所踏切があります。貨物線休線時代もあくまで休線でしたので踏切機能は維持されていたものと思われます。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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志文から南5線踏切、南4線踏切、南3線踏切、南2線踏切、南1線踏切の順です。名称的には面白みはないですね。

第5利根別川橋梁(金子架道橋)

この橋梁は1977年の竣工。1961年の貨物線が完成後橋梁を掛け替えたことになります。
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1970年代の航空写真ではこの橋が架け替えられている工事中の様子がわかります。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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架道橋部。橋梁と一体になっていますが、金子架道橋という別名がつけられています。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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橋梁部。こちらも1977年の銘板が設置。KS-16とは橋梁の設計荷重で、K荷重は蒸気機関車に対応、S荷重は貨車に対応としています(詳しいことは別途お調べください)そして16は軸重(トン)を表します。貨物線であるこの区間は軸重16トンの重量級の機関車牽引貨物列車に対応するものだったことがわかりましょう。橋梁全体の長さは82mです。
なお、旅客線側の橋梁は39mの第4利根別川橋梁でしたが、現在は撤去されています。

上幌向架道橋

先ほど出てきました貨物線を転用した際に架け替えられた架道橋になります。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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1993年の竣工であることを表す銘板。EA-17はJR化後の橋梁の設計荷重となります。単純な計算では170kn=17.34tですので貨物列車の運行も可能な橋梁ですね。実際にこの区間は旭川から苫小牧方面への貨物列車の走行ルート上ですのでその必要があるとも言えます。
室蘭線の「貨物線」を見てみる
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正式な資料はありませんが約86mほどの橋となります。架け替え前は35m程度の橋だったようです。

まだ抜けが多くありますが、この区間の踏切などを調査したものを貼っておきます。

GoogleMap 室蘭線(苫小牧ー岩見沢)
https://www.google.com/maps/d/u/1/edit?mid=1wbcsh9lTeUHYl0_3G9L_JCPi9knXxCdb&usp=sharing




おわりに

室蘭線は歴史が長く、また改良も行われた路線ですので、各所に旧線が残っていたり、複線化や単線化などの痕跡がありますので、これらもできるだけ見ていきたいものです。昨今では道路改良などで旧線跡がわからなくなる場所もあります。また、それ以上に今見ておかなければ「幹線」といわれる路線でも、将来的にはどうなるかわからないという危機感も感じられるところです。

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