北海道の交通関係


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さようならキハ281系「スーパー北斗」

2022/09/24

以前も似たようなテイストの記事を書きましたね。
やっぱりキハ281って「スーパー北斗」というイメージなのですよ。やはりそのデビューは本当に衝撃的でありました。

北海道初の特急列車

北海道では1961年(昭和36年)サンロクトオ改正で北海道にはじめて「特急」が運行開始になったことになります。列車名は「おおぞら」ですが、運行区間は函館-東室蘭-苫小牧-札幌-旭川という現在の「北斗」と「ライラック・カムイ」のルートになります。食堂車を連結したキハ82系気動車で運行される「特急」は北海道では初の完全冷房車でもありました。

「北斗」の名前の特急が生まれたのは1965年改正からとなります。1967年改正で倶知安・小樽経由の特急「北海」が登場して東室蘭周りの北斗と小樽周りの北海に整理されていきます。
 三笠鉄道村に保存されているキハ82系気動車
三笠鉄道村に保存されているキハ82系気動車
 安平町道の駅に保存されているキハ183系気動車
安平町道の駅に保存されているキハ183系気動車
ここでは1961年・1978年・1981年(石勝線開業、キハ183系量産車導入)そして民営化当時の1987年の時刻表を見比べてみましょう。
 1961年-1987年時刻表
1961年-1987年時刻表

札幌-函館だけを見ますと最速が4時間10分まで縮んでいることがわかります。平均時速も70km/h台を維持しており、特急と急行の差を感じますし、また、倶知安周りとの速度差がそれほど大きくなかったことも覗えましょう。


JR北海道の特急高速化

1987年に国鉄は分割民営化し、JR北海道が発足しました。国鉄末期の1986年改正までに国はJR北海道が今後しばらくは車両を作成できないことを見越してキハ183系の改良型(Nタイプ)を投入しました。その数36両。それまでの「特急」といえばクリーム色に窓周り赤という塗装を大きく変えた、白を基調にした斬新な塗色を採用します。最高速度は110km/hに改良され、120km/h運転も可能な設計としました。

民営化前にキハ82系をほぼ駆逐し、最高速度110km/hで札幌-函館をなんとか4時間を切る状態までは高速化されていたことになります。

1988年、JR北海道はキハ183系の改良形(NNタイプ)を1991年までに32両導入、1986年導入のNタイプとともに最高速度を120km/hとして運転を開始します。青函トンネル開業である1988年3月13日のダイヤ改正から高速ダイヤで運行されることになります。ついに札幌-函館は3時間半を切ることに成功するのです。
1988年11月には札幌駅高架開業、そして高速道路対抗の旭川方面高速化で1990年9月改正では最高速度130km/hの電車特急785系スーパーホワイトアローを登場させます。

 1991年-2022年時刻表
1991年-2022年時刻表
ここでは1991年・1994年(スーパー北斗デビュー)・2013年、そして2022年の時刻を見てみましょう。

120km/h対応の183系気動車を専用に使用した列車は札幌-函館を最速3時間28分で運行、平均速度は90キロを超えるという韋駄天走りになります。この時点では「振り子気動車」ではないのです。
 現在は特急オホーツク・大雪に使用されるキハ183系(N・NNタイプ)
現在は特急オホーツク・大雪に使用されるキハ183系(N・NNタイプ)
北海道内の高速道路、札幌-室蘭-函館に関しては、1986年に登別室蘭まで開通しています。1992年には伊達まで開通します。特急北斗には札幌-函館を高速に結び青函トンネルを経由した本州への高速化も大切な使命ではありますが、札幌-室蘭などの道内都市間を高速化するという目的もありました。

空に負けぬ、JRの切り札特急「振り子式」-6年から実用化。車体傾けカーブも高速、札幌~函館間3時間に。客室リゾート列車並み
1991/10/29 北海道新聞
> JR北海道は二十八日、平成六年春から札幌-函館間(東室蘭回り、三一八・七キロ)に導入する振り子式特急気動車の概要について発表した。それによるとコンピューター制御で運転、最高速度は百三十キロ、カーブ地点でも高速走行が可能となり、札幌-函館は現行より三十分短縮の約三時間となる。同社は来年一月から試作車二両を使い、耐寒・耐雪性、走行安定性などの各種試験を行う。一方、この大幅時間短縮を受け、競合路線を持つ航空会社からは乗客争奪競争の激化を懸念する声が出ている。


1991年の北海道新聞です。振り子気動車の特性なども紹介しています。そして航空との競合が起きることを危惧しています。当時新千歳-函館を運行していたJAS(日本エアシステム)は1986年に鉄道との競争に敗れ新千歳-帯広から撤退しており、丘珠からのANK(エアーニッポン)は安泰という内容です。


スーパー北斗デビュー

1989年にJR四国と鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が共同で開発した制御付振り子式車両2000系は1990年から量産され「南風」などの特急として走行、所要時間を大幅に短縮しました。岡山―高知の最速は2時間18分、それまでより30分以上短縮したわけで、振り子車両がカーブの多い在来線で非常に効果があることがわかっていたことになります。

JR北海道は寒冷、降雪を伴う冬期間の問題を解決するために1992年にキハ281系試験車両を導入、試験結果をフィードバックし1993年から量産を開始します。

JR北海道 来年3月のダイヤ改正 札幌-函館間を強化 特急北斗 3便増発 振り子式列車導入 現行より30分短縮へ
1993/10/23 北海道新聞
> JR北海道は二十二日、来年三月一日から実施するダイヤ改正の概要を発表した。改正の柱は札幌-函館間(東室蘭回り、三一八・七キロ)の輸送力強化で、これまで一日八往復だった特急北斗を三便増発し十一往復にするほか、動力性能の優れた振り子式新型列車の導入により、一気に三十分短縮の最速二時間五十九分で同区間を結ぶことになる。
> 最高速度はこれまでの時速一二○キロから一三○キロにアップ、札幌-東室蘭間(一二九キロ)に限ると、平均速度は一一四キロで、全国の在来線で最も速い列車になる。
 これによって特急北斗の所要時間は、最速列車の比較で現行の三時間二十九分から二時間五十九分へと三十分も短縮されるほか、札幌-東室蘭間も現行の八十分から六十八分と短くなる。


JR北海道がなんとしても道内の都市間輸送で生きていかなければならなかった、どう考えても幹線区以外のローカル線では得られる金額も少なく、そしてそれだけで路線も維持できないこともはっきりしていました。この当時新幹線の無い、そしていつそれが回ってくるのかすらわからない中、どうしても収益源が欲しかった。それが都市間輸送、特急の高速化による利用拡大です。

道内最速 「スーパー北斗」 開発担当の谷地主席に聞く 耐寒耐雪ひと苦労 軽量化し座席、窓に工夫
1994/01/31 北海道新聞夕刊
> 振り子式特急スーパー北斗は、導入決定から設計、試作、実用化まで三年余りの月日がかかっている。九一年に開設された「振り子気動車設計プロジェクト」の担当者、谷地邦博運用車両課主席に開発までの苦労を聞いた。
 振り子式は、もともとJR四国が開発、ひと足先に実用化しています。でも厳しい冬が長い道内はそのまま導入というわけにはいきません。振り子だけでなく、耐寒耐雪構造の確立が一番大きな問題でした。


<青函広場>「スーパー北斗」試験走行ルポ 函館-札幌間が近くなる! カーブでも速度維持 制御振り子装置が特長 道内初の喫煙ルーム ラジオ、身障者用トイレも
1994/02/13 北海道新聞 函館面
> 「『北斗』より、かなり加速はいいよ」と小森運転士。始動から時速百キロまで達するのに、現在、函館-札幌間を運行する特急「北斗」は三分なのに対し、スーパー北斗はわずか二分。加速性能が優れている。
 大沼に近づくと、上りカーブの連続。「スーパー北斗の最大の特長は、カーブのスピード」。運転歴二十四年という鎌田錚一(そういち)運転士(53)が誇らしげに言った。
 「北斗」が時速六十五キロで走行していた駒ケ岳付近のカーブを、「スーパー北斗」は時速八十五キロでゆうゆうと走り抜ける。カーブの外側に振られるような感じもない。
> 八雲町に差し掛かると、長い直線が続く。速度は上がり、時速計の針は百三十キロを指した。「北斗」の最高時速より十キロ速い。「もっとスピードが出るが、踏み切りのある路線では、百三十キロ以上出せない決まりがある。新幹線を除くと、これが日本最高の時速です」。
> 速度アップに対応するには路盤強化も必要だ。このため、函館-札幌間の線路の枕木(まくらぎ)は、すべて木製からプレストコンクリート製に交換した。
> 東室蘭駅に到着すると、小森、鎌田両運転士らは下車し、札幌運転所の運転士に交代した。「二十年ほど前のSL(蒸気機関車)の時代は、函館から東室蘭まで四時間余りかかった。それが三月からは二時間を切るんだからね」。鎌田運転士は札幌に向かって次第に小さく消えていく「スーパー北斗」に目を細めた。


地元新聞がある程度全面的に新型車両とスピードアップを肯定的に見ているのは印象的です。

1994年3月1日「スーパー北斗」は華々しくデビューします。このときにJR北海道は距離の短い倶知安・小樽周りの乗車券でも途中下車しなければ東室蘭・苫小牧経由で利用できる特例を廃止しています。既に指定席利用で往復できる割引切符を発売していますので、片道のみ利用する場合くらいしか恩恵は無かったとはいえ、新型特急での競争力確保、収益確保を考えていたことがわかります。

1993年3月時点では札幌-函館の往復割引Rきっぷ12,460円
 片道運賃4,840円(300km以内)指定席特急料金2,770円(300km)計7,610円
1994年3月時点では札幌-函館の往復割引Rきっぷ13,300円
 片道運賃5,150円(320km以内)指定席特急料金2,970円(400km) 計8,120円

しかし、特急増発と高速化のインパクトは凄まじく、スーパー北斗の増結のみならず同様に最高速度を130km/hに高めたキハ183系の改良型も、従来型のと混結ができないことから予備車の確保に苦労したようです。

スーパー北斗 効果くっきり 振り子式特急登場1カ月 乗客 前年より3割増 JR「日帰り利用取り込む」
1994/04/04 北海道新聞夕刊 函館面
> 三月一日に振り子式特急「スーパー北斗」が運行を開始して一カ月。函館-札幌間を三時間以内で結ぶスピードアップで、平均七四%という好乗車率が続いている。
> JR北海道函館支社によると、三月一日から二十一日までの三週間でスーパー北斗を利用した人は約五万五千人(函館-大沼間)で一日当たりの平均乗車率は七四%。「北斗」を含む十一往復全体の乗車率は六五%と、前年同期の「北斗」だけの乗車率より五ポイントアップした。
 一日の利用客は十一往復全体で約五千三百人。前年同期より約千二百四十人、三○%も増え、スーパー北斗効果がくっきり。


これに割を食ったのが航空便で、特にJASの千歳便は搭乗率26%まで急落、丘珠便も減少するという結果になります。もちろんスピードアップも意味がありましたが、本数の確保と早朝、夜間の便を使うと鉄道でも日帰りが可能になったというのが大きなところです。

<しんそう94>新千歳-函館線の運休確定 集客合戦 JASが「白旗」 需要低迷狙い通り? JR・ANKと明暗 赤字路線見直し急務
1994/04/26 北海道新聞
> 日本エアシステム(JAS)の新千歳-函館線の六月からの運休がほぼ確定した。エアーニッポン(ANK)の丘珠-函館線や、JR北海道の特急との間で繰り広げられたビジネス客集客で、JASが「白旗」を掲げた形。しかし、経営悪化の深刻な同社にとり、赤字路線の見直しは急務となっている。
> JASをしりめに、ライバルのANKとJRは利用客をしっかり確保。ANKは丘珠-函館線の便数を徐々に増やし、現在は一日五往復。札幌空港支店は「わずか四十五分で結ぶため、忙しいビジネス客にはうってつけ。利用率も八○%を超える」と胸を張る。
 三月に三時間を切るスーパー北斗を登場させたJRも「増便効果もあるが、前年比三○%近い利用増」(広報課)とうけに入り、明暗がくっきり。


そしてスピードアップと増便で利用客が増えれば業績にも繋がります。「日銭商売」である鉄道事業は「乗る人が増える」ことでそれが大幅に改善されるのです。

JR北海道 鉄道収入は1.7%増 上半期前年比 新車両導入が奏功
1994/11/18 北海道新聞
> JR北海道は十七日、九四年度上期の鉄道事業収入と旅行業収入を発表した。鉄道収入は前年度同期比一・七%増の四百六億六千四百万円、旅行業収入も同九・五%増の百二十三億六千八百万円となった。
>大森義弘社長は「先行きは不透明だが、経常利益三億円は何とか達成したい」としている。


スーパー北斗投入 利用者が10%増加 JR札幌-函館間
1995/03/14 北海道新聞
> JR北海道は十三日、昨年三月のダイヤ改正でスーパー北斗を投入した札幌-函館間の利用実績をまとめた。それによると、九五年二月末までの一年間、改正前に比べ、一日の利用者数は一○%上回ったが、昨年九月の道南地方の集中豪雨と台風26号などの影響で乗車率は下回った。
 JRによると、一日当たりの特急乗車人数は五千四百六十人で、改正前より四百七十人増えた。内訳はスーパー北斗が二千二百人、北斗二千九百六十人、その他三百人。北斗がスーパー北斗を上回ったのは、北斗の運行本数がスーパー北斗より一日一往復多いため。


ここまで細かい数字が出ています「その他」は「はまなす」になるんですかね?

1997年にはスーパー北斗でも客室乗務員を導入、キハ283系追加導入で6往復まで増えます。

JRの女性客室乗務員9月から一挙60人増 ソフトな旅演出します
1998/03/23 北海道新聞
> JR北海道は、特急「スーパーおおぞら」と「スーパー北斗」でサービス業務を担当している女性客室乗務員(ツインクルレディ)を、現在の四十人から百人に増やし、九月から道内を走る昼間の長距離特急のほとんどに乗務させる。


最も多い時に100名を数えた客室乗務員。2000年までのこの時期がJR北海道の最も輝いていた時期なのかもしれません。



競争の激化と事故

スーパー北斗のデビュー以降も高速道路は延伸を続けます。1994年に虻田洞爺湖、1997年に長万部、2001年国縫、2006年八雲、2009年落部、2011年森、2012年大沼公園と延伸された高速道路は2車線区間が多く、直接的な高速化にはあまり結びつかない面はあるものの、それでも札幌-函館は約4時間まで短縮されたことになります。特に対面通行の細道で災害の多かった国道5号線森-長万部が2重化された恩恵は大きく、鉄道を使うインセンティブが少なくなっていくことを感じます。

一時期劣勢となっていた航空も2003年8月からHACが丘珠-函館に参入しエアーニッポンネットワークとのダブルトラックとなり価格面でも競争が激化、函館空港へのナイトステイも実現し2社で7往復、最安値が片道1万円程度となる特便割引を設定するなど航空内での競争が鉄道にも波及する結果となります。
2010年に丘珠空港から全日空(エアーニッポンネットワーク)が撤退し、HACはJAL経営問題で道と札幌市など8市町が総額9億円にわたる支援を受けて存続、2013年には債務超過に陥るなど深刻な経営問題を抱えながらも自治体の支援で乗り切り、そして直後にJALはHACの再子会社化を発表、2014年には黒字決算となり債務超過を解消します。
丘珠空港存続も含めた自治体支援による経営安定化、JAL子会社化による販売チャネルの複数化で丘珠-函館便は安定した搭乗率を確保、また、千歳に移転したエアーニッポンネットワーク(その後ANAウイングス)は新千歳からの乗り継ぎや早朝夜間便の運航ができる利点を活かして、こちらも維持されています。
 丘珠空港を出発したHAC機
丘珠空港を出発したHAC機

JR北海道はこのような時勢を鑑みて、なおかつ北海道新幹線の新函館(現新函館北斗)開業に向けて、「スーパー北斗」に新型車両を導入し、さらなる所要時間の短縮を目指すことを発表します。

札幌-函館が2時間50分に JR北海道 道新幹線開業後に新型車両
2011/05/20 北海道新聞朝刊
> JR北海道の柿沼博彦副社長は19日、札幌-函館間の特急列車「スーパー北斗」の所要時間を、2015年度の北海道新幹線開業後の早い段階で10分間程度短縮し、最短で約2時間50分とする計画を明らかにした。
 北海道新幹線開業後、特急は北海道新幹線の発着駅となる新函館駅にも停車する方向で検討。札幌-新函館間の所要時間は2時間40分を目指し、新幹線利用者の利便性を高めたい考え。
 所要時間短縮のため、同社が06年に開発した「ハイブリッド車体傾斜システム」を採用した次世代車両を投入。カーブを従来より20キロ速い時速140キロで走行することができ、乗り心地も悪くならないという。
 柿沼副社長は「次世代車両自体の開発はこれからだが、できるだけ早い時期に実現にこぎ着けたい」と話している。


そう、キハ285系とされた車両です。
JR北海道が鉄道総合技術研究所と川崎重工業との共同開発により、2006年にこのようなプレスリリースを出しています。

JR北海道 世界初の「ハイブリッド車体傾斜システム」の開発に成功
http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2005/060308-2.pdf (リンク切れ)
https://traffic.north-tt.com/txt/20220924_01.pdf



この複合車体傾斜システムによる曲線通過速度の拡大、そしてモーターアシストハイブリッド駆動システムを使った出力向上と機器小型軽量化を併せ持つ車両で、2014年に試作車が落成したものの、2015年には解体されています。スピードアップは夢と消え、2007年から導入されているキハ261系が増備し続けられる現状となります。

2011年、石勝線でのキハ283系車両脱線炎上事故。そして、2013年には特急北斗のキハ183系での出火事故が発生します。
2013年7月6日函館本線鷲ノ巣-山崎を走行中の札幌発函館行特急北斗14号のエンジン付近から出火。事故による人身傷害はなかったものの、JR北海道は、同型のDML30系エンジンを搭載する車両36両について、事故原因が判明するまで運行を停止することになります。

JR北海道 特急北斗14号のエンジン付近から出火した事故の概要について
https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/130708-1.pdf
(見ることができない場合)
https://traffic.north-tt.com/txt/20220924_01.pdf



特急「北斗」出火1週間 札幌―函館 本数減り混雑 乗車率130% デッキ蒸し風呂
2013/07/14 北海道新聞朝刊
> JR函館線で6日発生した特急北斗14号の出火事故から1週間。JR北海道は同型エンジンの車両を運休し、札幌―函館間の特急は本来の約3分の2に減っている。3連休の初日となる13日、札幌から函館行きの特急に乗った。本数減の影響で車内は座席も通路も人で埋まり、「なぜ事故が続くのか」「もう疲れ切った」と不満の声に満ちていた。


別形式エンジンを持つ車両をやりくりして臨時列車を仕立てるものの、その本数は少なく、また、3両編成のニセコエクスプレス車なども動員せざるを得ず、宗谷線ではお座敷車両や普通列車車両まで動員する非常事態となります。
8月17日には大雨での路盤流失による貨物列車脱線、翌18日にも特急列車が土砂流入による緊急停止を行い、2013年のお盆時期の利用客数は前年比11%減という結果になります。

 2013年7月のキハ281。臨時列車として運用されるノースレインボーと並ぶ
2013年7月のキハ281。臨時列車として運用されるノースレインボーと並ぶ
そして9月19日、大沼駅構内での貨物列車脱線事故です。この事故では現場付近の線路が最大37mm広がっており、これを1年以上にわたり放置していたことが判明し、さらに改竄した軌道検査データを運輸安全委員会に提出していたことも判明します。

鉄道が安全ではないこと、たいへんなものに身を預けていることが次々露呈していく過程は、非常に心の痛むものでした。

JR北海道は2013年11月1日改正で特急列車の減速運転を開始。最高速度130km/hで運行されていたスーパー北斗も120km/hへの減速運転を行います。スーパーおおぞらのキハ283系はさらに厳しい110km/hへの減速が課せられることになります。

当サイト内で表示した時刻表は以下でも表示できます。
https://traffic.north-tt.com/txt/20220924_03.pdf


特急気動車車両の統一とキハ281系引退

火災事故を起こしたキハ183系はエンジンをキハ261系相当のものに換装し列車本数が戻るのは事故から1年以上が経った2014年8月30日改正を待たなければなりませんでした。そして、減速だけではなく、減便も受け入れざるを得ませんでした。
2015年3月、華々しく北海道新幹線が新函館北斗まで開業、スーパー北斗も新函館北斗駅を経由するようになり、新幹線への接続を意識したダイヤになります。しかし、接続の待ち時間はそれほどタイトに取られておらず、在来線の遅延を新幹線に持ち込ませないという強い意志、それを恐れるあまりの喜ばしくないダイヤになっています。
 2017年、洞爺付近でのキハ281
2017年、洞爺付近でのキハ281
1994年のデビューから26年、キハ281系気動車は「特急」という肩書きのまま引退します。札幌-函館の高速化に寄与し、非常に安定した走りを魅せていました。

出張で、プライベートで何度も利用したこの車両と、後継となる高速気動車が開発されずに終わっていくことに一抹の寂しさを感じつつも、車両の統一が行われることでの安定した輸送が行われることは喜ばしい面もあります。

札幌への工事が進む新幹線が開通した時に、JR北海道が、北海道の鉄道自体がどのようになっているかはわかりませんが、キハ281「スーパー北斗」が残した功績は語り継がれていくだろうとも思います。


過去に乗ったキハ281

かなり前になりますが乗客が少ない時期であったこともあり、写真を撮っていたものがありましたので公開します。
 スーパー北斗2号
スーパー北斗2号
 キハ281試作車
キハ281試作車
 キハ281試作車
キハ281試作車
 キハ281試作車
キハ281試作車
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281車内
キハ281車内
 キハ281量産車
キハ281量産車
 キハ281量産車
キハ281量産車
 キハ281量産車
キハ281量産車
 キハ281量産車
キハ281量産車
自由席に使用されていたキハ281は座席の交換を行っておらずオリジナリティが保たれていました。晩年は行き先表示器が電光化され、ぱっと見た感じは古さを感じさせない整備が行われていたように思います。

 北広島駅付近を走るキハ281
北広島駅付近を走るキハ281

キハ281系はJR北海道として本格的に多目的室や身障者設備を有する車両となっています。キハ280-0番台車がそれにあたります。車いすスペースと広い通路が設定されています。
 キハ280車いす座席
キハ280車いす座席
 キハ280車いす座席
キハ280車いす座席
 キハ280車いす座席
キハ280車いす座席
 キハ280多目的トイレ
キハ280多目的トイレ
 キハ280多目的室
キハ280多目的室
 キハ280-0
キハ280-0

最後に登別駅で見かけたのが私が見るキハ281系の最後の姿と思います。
 登別駅からキハ281
登別駅からキハ281
 登別駅からキハ281
登別駅からキハ281
最後にロゴを登場時の姿に戻す対応を取ったのは、JR北海道としての最後の抵抗、そのように見えないでもありません。高速化に邁進し、その高速化は本来危険と隣り合わせではなかったはずです。

今、間違いなく軌道整備や老朽設備交換が進むJR北海道。しかし、それが直接的な利用増加に結びつくわけではないこと。それが非常に残念なことでもあるのです。


北海道の交通関係 JR北海道 車両更新 ダイヤ改正

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