北海道の交通関係

鉄道がバス転換されたら町はどうなるのか?

2018/07/06

JR北海道沿線に限らず、鉄道の廃線が取りだたされると「鉄道が無くなったら町が寂れる」という反対運動は多々起こるわけです。

5月に東洋経済が「鉄道が消えると街は廃れる」はウソだった!というタイトルの記事を配信し物議を醸しました。

東洋経済新報
「鉄道が消えると街は廃れる」はウソだった!
https://toyokeizai.net/articles/-/220717
いわば、町にとっては重要な観光資源のひとつだ。そんな増毛の町から鉄道が失われて、変化はあったのか。

東洋経済オンライン「鉄道最前線」は、鉄道にまつわるホットなニュースをタイムリーに配信! 記事一覧はこちら。
「いや……正直なところ、何も変わりませんよ」
増毛町の担当者は苦笑い混じりにこう打ち明ける。
「もともと地元の人たちはマイカーか、公共交通機関でも廃止された留萌本線と並行して走っていた沿岸バスを使うケースがほとんど。廃線が日常生活に影響を及ぼして困っているということはありません」
留萌本線の現役時代から、地元の人はほとんど鉄道を使っていなかったというのだ。
地方の鉄道にとって重要な“客”といえば免許を持たない通学の学生たちや病院通いの高齢者たち。しかし、彼らもめったに鉄道を利用することはなかった。確かに、筆者が留萌本線運転最終日に増毛を訪れて取材した際も、地元の人たちは鉄道への郷愁こそ語れども日常的に使っていたという声はあまり聞かれなかった。
(中略)
観光客の来訪者数には影響は出ていないのだろうか。
「それもほとんどありません。増毛町は毎年平均すると250万人程度の観光客に来ていただいています。留萌本線廃止直前にはその影響で来る人も増えましたが、廃止以降目立って減少しているというデータはない。増毛町の観光客のほとんどはマイカーやレンタカー、観光バスで来ますから」(増毛町担当者)


記事の中には増毛町担当者の事実誤認がいくつか見られて、それも含めて留萌線に興味が無かったんだろうなとも思いますし、現実的に鉄道が増毛町のまちづくりには何の役割も無かったわけです。廃線後に駅を「道の駅」類似機能を持つ観光客立ち寄り所兼バス待合室としましたが、最初から駅付近に住まない人も多いわけで近くのバス停留所から乗るわけです。併走していた沿岸バスとしても自社物件であった増毛ターミナルを廃止でき旧増毛駅を自社管理無しに待合室機能を持ったターミナルとできましたので、固定費負担も減ったわけです。

鉄道の無くなった「市」はどうなった

オホーツク海側にある紋別市。現在の人口は2万3千人。この町には名寄線と渚滑線2つの鉄道路線が3方向に向けて走っていました。ターミナル駅として賑わっていた時代があります。

紋別市の統計情報には紋別駅の乗車客数が掲載されています。これを見ると1985年の渚滑線廃止による利用客数の減少があったとは考えられますが、それ以上に減っているのが「定期外客」で、この年に渚滑線滝ノ上駅付近から浮島、上川方面への短絡路国道273号線の浮島トンネルが開通。道北バスが旭川-紋別を約3時間で結ぶ特急バスを開設します。国鉄急行が旧態同然の車両で遠軽経由で4時間以上、また、名寄経由でも同等の時間がかかっていたこともあり、快適なリクライニングシートに4往復という本数もあり、乗客が一気に流れました。

もう一つ大きかったのが、紋別空港-丘珠空港の航空便。当時はエアーニッポンがYS11で運行していたわけですが、搭乗率の減少に悩まされていました。そこで打ち出したのが紋別市が住民を対象にした運賃の半額補助です。これにより搭乗率は大幅に回復し、その後千歳便の就航につながります。
これは既に鉄道廃止が前提となる中での空路存亡への危機感でのことですが、一時期でも第三セクター鉄道への移行も検討されていたなかでのこの施策は鉄道にとどめを刺すには充分でした。

鉄道廃止後は旭川への都市間バスを6往復に増便。このときに地元の北紋バスも運行に加わりました。また、1996年からは札幌線を開設。5時間程度と時間はかかるものの、運賃が大幅に安い高速バスの台頭により、千歳・丘珠への空路は廃止になることになります。

さて、紋別市内と近郊を走る路線バスはほぼ地元の北紋バスによる運行となります。名寄線の廃止により複数の会社が乗り入れることになりましたが、定期券や回数券などが共通ということになりました。鉄道廃止で一時的に乗客数が持ち直しましたが、徐々に減っていきます。1990年以降は急激に減少していくのは人口の減少と特に高校生の減少が響いて行っているわけです。北紋バスも現在ピークの半分の台数、乗客は1/3になっています。これは人口減少よりも大幅に大きく、原因の多くは一般利用客の減少と高校通学者数の減少もあるわけです。昨年の紋別高校のバス通学生数は114人です。

自家用車の世帯普及率が100%を越えたのは1990年です。この頃の紋別の人口は3万1千人、自動車は1万2千台を突破します。1980年に63%程度だったわけですから、急激に普及率が上がったことがわかります。この自動車普及率は上がり続け、2016年には131%ですから、2台以上「乗用車」を持つのは珍しくないという状態になっているわけです。

より交通関係の数字をまとめてみました。
pdfファイル

子供の数の減少から地元高校の縮小が続いており、市内に2校あった高校は現在1校。それも生徒数は減少しています。そのなかで一昨年バス利用者が持ち直しているというのはやはり観光需要の伸びがあったのでしょう。

では、この町の縮小傾向は鉄道廃止のためなのか?というのは、管内の道立高校生徒数を見ると、全体的な縮小であるとも言えそうです。オホーツク管内人口で見ても1980年は38万1千人でしたが、現在28万3千人程度です。鉄道があるかないかではなく、ここ20年で一気に減少しているわけです。

本当に「鉄道が維持されていたら町は寂れなかったのか?」は私からは特に言うことはありませんが、空港、高速バス、そして旭川紋別道の工事も進んでいます。東京便の利用客はここ数年増えており、観光への期待も高まります。しかしながら地域の中核市である紋別でも人口減は止まらず高齢化率は今や3割を越えてしまっています。

鉄道があったからなかったからではなく、町を維持するのはどういう施策をしていくのが良いか。それを考えていかなければなりません。既に路線バスはかなり「危険水域」にいるように見えます。補助金額も億単位で入っているのをいつまでも続けられるのかすら考えなければならないのです。

今回紋別市を取り上げたのは「統計情報」が充実しており、長期にわたって数値比較が出来ることが大きいです。鉄道廃止前後をこのように比較できる町は実はそう多くはありません。

鉄道を無くさない取り組み

北海道建設新聞 2018年06月30日
遠軽町タスクフォース 都市再生に挑戦(上)
https://e-kensin.net/news/106724.html
 2018年6月、遠軽町の若手職員プロジェクトチーム「都市再生タスクフォース」は、国の都市再生整備計画事業に申請するための計画案をまとめた。このチームは17年12月に20―30代の若手町職員を中心に結成。19年度着工予定の仮称えんがる町民センターを中心に据え、市街地に新たなにぎわいを生み、人と人との交流を創出する計画を策定することが目的。人口減少が進み、活気を失いつつあるこの町で、町の未来を創るため、大きな一歩を踏み出した若手職員たちの活動をたどった。
(中略)
 計画策定に当たっては、町職員としてのメンバーそれぞれの思いもあった。「普段の業務で歩道整備を進めても、人口減少などの影響で歩いている人を見掛けることが少なく、寂しい気持ちもある」と吐露するのは巴係長。「だからこそ、中心地ににぎわいを持たせ、多くの人に歩道を利用してもらいたい。歩行者が増えれば町内の店舗利用者も増え、活気が生まれる」と話す。
 今井参事は、普段の業務で仮称えんがる町民センターや、道の駅建設に関する業務を行っている。ここ数年は町内の大規模建設が続くことから、「町が大きく変わる時期を迎えた。このタイミングで町外の皆さんにも立ち寄ってもらえる町の魅力を付けなければならない」とみており、この計画によって中心市街地に活気が生まれれば、「JR石北本線存続をはじめとした、地域課題を解決する起爆剤になるのでは」とも期待している。


北海道建設新聞 2018年07月01日
遠軽町タスクフォース 都市再生に挑戦(下)
https://e-kensin.net/news/106752.html
 先進地への視察なども経て事業選定を進め、計画案には仮称えんがる町民センターを中心とした道路整備や空き店舗再整備、イルミネーション事業など、概算事業費51億970万円、計11事業を盛り込んだ。
 6月1日に計画案を受け取った佐々木修一町長は、「若手らしい発想で多くのアイデアが出た。部署を横断する形で意見を出し合える貴重な経験だったのでは。これからも、諦めずに提案を続けてほしい」と今後の活躍も期待する。
 計画案が完成し一段落したが、巴係長は「計画した事業が実施されても、整備したものが活用され続けなければ意味がない」と今後に向けて気を引き締める。
 下井技師補は「活動を通して多くの人と意見交換をし、勉強になった。今回の計画に反映できなかった意見も無駄にせず、引き続きまちづくりについて考えていきたい」と前を向く。
 中心市街地のにぎわい創出に向けたこの活動で、若手職員は政策提案に関する多くの経験を得ている。都市再生タスクフォースから始まる挑戦は、これからも続いていく。


北海道建設新聞に特集された遠軽町の試みです。記事では若手職員の奮闘をメインにしていますが、町の中心部をどう活性化していくか、人口減少をどう抑えていくか。そして町を走る鉄道を維持する方策にも関連していきます。

遠軽町「街(まち)づくり構想」
http://engaru.jp/engaru/12kensetu/masterplan/01-06.pdf
ここには「JR遠軽駅の交通結節点機能の強化(駅前広場拡張・路線バス乗り入れ等)を検討する必要がある」という一説があり、駅周辺への公共施設建設、駅と離れているバスターミナルの交通結節機能を強化するなどの記述も見られます。また、バリアフリー化と自動車との連携についても検討されています。

北海道建設新聞 2018年06月13日
遠軽都市再生に51億円 若手町職員チームが整備計画案
https://e-kensin.net/news/106392.html
 公共歩廊整備事業はJR遠軽駅から新たに建設する町民センター、中心市街地へつながるエレベーター完備の室内通路を建設する。事業期間は19―20年度で事業費は1億4550万円の見込み。
 駐車場整備事業は、老朽化した福祉センターなどを解体し、駐車場として整備する。事業期間は21―23年度で、事業費は3億3950万円を試算。
 提案事業のうち最も事業費が大きい空き店舗活用事業は、21―22年度の事業期間で2億500万円を投じ、旧地ビールレストランふぁーらいとを、室内遊技施設や町内観光案内機能を持たせた複合型施設として再整備する。
 このほかに盛り込まれた事業は次の通り。(①計画年度②事業費③概要)
 ◇基幹事業
 ▽鉄道広場整備①21―23年度②1億600万円③西町駐車場に既存のラッセルおよびSL、転車台を移設し鉄道広場として整備▽案内看板設置①21―22年度②1800万円③案内看板や町内観光情報などの情報板設置


まず、現在の遠軽駅が駅に行くのに階段アクセスという駅であることを改善することを検討。駅の近くに「町民センター」を作るもの。

今まで、どうしても「車での移動」をメインに考えて作られた公共施設は、町内の各所に点在します。役場、病院、買い物のできる場所。遠軽は残念ながら駅がそれほど便利な場所ではありません。しかし、それを改め、鉄道でのアクセスを考え、また、鉄道と車との連携を模索することは、今後も必要になることです。

これだけで鉄道が無くならないという確約はできませんが、何もしないで「鉄道を無くすな」も無意味な話なのです。遠軽町の挑戦は推移を今後も追っていきたいところです。

北海道の交通関係 JR北海道 留萌線 路線バス 航空 人口減少 免許返納 国鉄廃止路線のその後

検索入力:

記事カテゴリ