北海道の交通関係

聞いてきた②地域公共交通シンポジウム in 札幌 ~北海道における持続可能な交通体系の構築に向けて~

2017/06/09

○話題提供1 「地域公共交通における最近の動向、国の支援策について」
国土交通省総合政策局公共交通政策部 交通支援課長 杉山 忠継 氏
(基本的に資料を読み上げただけなので割愛・資料参照ください)
なお、
地域交通マスタープラン「地域公共交通網形成計画」の北海道内策定団体
・函館市
・深川市
・岩見沢市
・千歳市
・美唄市
・帯広市
・岩内町
・白糠町
・白老町
・仁木町
マスタープランを実現するための「地域公共交通再編実施計画」北海道内策定団体
・千歳市
のみとなります。

○話題提供2 「地方鉄道の現状とJR北海道の状況について」
国土交通省鉄道局 鉄道事業課長 大野 達 氏
(基本的に資料を読み上げただけなので割愛・資料参照ください)

ここまでで開催から約1時間、残り1時間でとても4件の講演、事例発表をすることは不可能で、時間配分をしようという感覚が上二人の「役人」には無かったのかと正直腹立たしい思いで見ていました。しかも、基本的に配付資料をなぞってるだけであって、それならばいちいち「説明」は不要なのです。それこそ資料に補足すればよいわけで。そのために最も大事な「基調講演」開始で14分押し、その時間を削って異常な短さになったのは国土交通省は反省すべきです。


○基調講演 「「鉄道を残す」から「地域公共交通を守り、育て、活かす」へ!」
名古屋大学大学院環境学研究科教授 加藤 博和 氏
私は敗戦処理投手として呼ばれることが多い。「廃線」が決まるとその後を考えろと呼ばれる。それを泣きながらやっている。鉄道を残すという議論をしている時までは多くの方が熱心に活動するが、廃線が決まるととたんに消えてしまう。そういう人は公共交通とか地域交通はどうでもいいのではないか。鉄道があればいいが無ければどうでも良いということ。私は「敗戦処理」の経験だけは負けていない。

その悲しみを知るものとして今北海道がこんなことを考えてほしいとおもう。
「百回の陳情より一回の利用」資料の通り50年前からわかっている人はわかっている。誰かに助けてもらってとりあえず残ったとしてもそれを活用して地域が活性化しなければ意味はないし、守っていくこともできない。将来もっと深刻な形で問題が再燃する。私はそんなことばっかりやっていますよ。中途半端に残したものをより利用が減った段階でどうしようか、その対応ばかりやっています。

そのときに残っていけるかいけないかは当事者、自分達にとって大事なものだから自分達でできることはなんとかする。これがなければなんともなりません。
そしてどうしたらそれができるか明らかになっていなければならない。それが「百回の陳情より一回の利用」陳情したって利用しなければ何の意味も無い。

(追加スライド)
私が15年前に経験した「生活バスよっかいち」(http://www.rosenzu.com/sbus/ )これは、路線バスを辞める(民間バス廃止)となって、地域の皆さんが市役所にバス走らせてくれと頼みに言ったら門前払いされました。何故かというと今まで3回同じように頼まれてバス走らせたけど使われなかった。だからもうやりませんと。まぁ当たり前ですね。
じゃあ自分達でやればいいじゃないかと住民が半年で運行にこぎ着けた。具体的にはNPOを設立して既存の事業者に運行を依頼して費用負担は「利用者1」「沿線企業・病院6」「市3」という。1の運賃で10走らせるというすごいバスです。
ただ、なぜ9払ってくれるのかというと運賃を払う住民の熱い思い。お金を払う人たちにとってこのバスは必要である、残していかなければならない、そのためにできることがあったらやる。その気持ちの結晶。
ところが国は前例が無いからお金を取っちゃいけないといわれて、半年間無償で運行した。この話にはオチがあって、運賃を取るようになってから利用が増えた。これは驚きました。利用客に聞くと「運賃払わないとこんな有り難いバスは乗れない」つまり賽銭です。
本当に必要な公共交通だったら「払って乗る」「払わないと恥ずかしくて乗れない」それが「ありがたい公共交通」なんです。
北海道にそういう公共交通がどれだけありますか?ということなんです。

今日お伝えしたいことはこれだけです。「あるべき」から「やってみせる」へ。「無きゃいけない」とかそういうことではなく「必要だからやる」です。自分達でなんとしてもやる。これしかない。

自分達が主体的に取り組む方が、地域に合った「他人に任せるより良いもの」ができるんです。そして、そういう前向きな人たちがいないと、他の人も助ける気にならないということです。ここはわかっていただきたい。

昔の日本はやる気の無い人も助ける余裕がありました。今、無いみたいですよ。全国見渡した時に。どんどん余力が無くなっていく。だから、それぞれがやる気を出さないとなんともならないです。

そう考えると鉄道ってとても贅沢。高速・定時・大量、その代わり金もかかるし一度作ってしまったら駅も路線もそう簡単に変えられない。つまり利用の少ないところには向かない。改善策も限られるし費用効率性も低い。

ただ、注意しなければいけないのは「もうからない」「赤字が多い」という単純な経営判断だけで公共交通を決めるものでは無い。公共交通の存在意義は事業収益以外に社会に多様な便宜をもたらす。それら全てを評価した時に費用対効果を考えなければならない。
しかし、多くの場合は利用が少ないと効果は小さい費用が大きいのでやはり違う手段を考えなければいけないことになる。また、効果は大半はその地域の中に帰着するので、地域の中の皆さんが頑張って貰わないといけない。

そして鉄道はカバーできる地域、人が限られる。つまり駅の近くの人しか使えない。私はザルの福祉といっています。確かに使いやすいかもしれないけど使える人は実は少ない。

鉄道だけでは「おでかけの足」は守れない。つまり地域公共交通は鉄道だけ考えてもしょうが無くてそれにいろんな路線が結する「網」が充実することが大事。その網が充実するために、鉄道は幹なので幹としてきちんと機能して貰えるか、お金の割に効果が大きいかという事が問われる。

いろいろ言ってるけど加藤は猫には負けるよね。和歌山電鐵株式会社名誉永久駅長たま女史素晴らしい経営者、しかもかわいい。この駅長が亡くなるまで和歌山電鐵を盛り上げてくれた。じゃあ、可愛いとか素晴らしいと言ってる場合なのか。なんと駅長は猫でも務まるということですから。

動物駅長をこのあと沢山のところで導入しましたが、すべて鳴かず飛ばず。えちぜん鉄道の例も出ました。ここはアテンダントで有名になりましたが、アテンダント入れたから利用が増えるなんて事は無い。

大事なのは鉄道がサービスを提供するその基盤となる基本コンテンツ(ダイヤ・駅・車両および他モードとの連携)が抜本的に改善され利便性が向上して、それを基盤として地域でこの鉄道はありがたいね残していかなきゃいけないね、俺も使ってるしうちの婆様も使ってるしって。こうならなければ残していけないってことなんです。
それを伝えてくれるのが動物駅長やアテンダントさんなわけです。中身が無いと伝えることもない。

私自身は敗戦処理投手だから言うわけじゃないんですが、廃止か否かというのはあんまりどうでも良いと思っています。むしろ、地域がその路線に存在意義を見いだし、自分達で守ろうとしたか否か。あるいは逆に地域がその路線は存在意義が無いので別のやり方に変えていったほうがいいとおもって、そういう風に自分達がしたか。
ここをいつも見ています。ただ残ったとか残らなかったとかということでは判断していません。

その地域が主役となって「おでかけ」「移動」の手段を作りなおしてきたか、お上に言われたからではなくて必要だから地域自ら頑張る。
公共交通が必要な理由、それを公的に維持する必要性を地域自ら明らかにする。
それをどのように具体化するかを地域自ら考える。
実は規制緩和で悪いこともありましたが、いろんなことができるようにもなった。
そしてそれをどう支えるのか地域自ら決める。これはさっきの上下分離で誰が何やるかという話と関わります。
そして、「おでかけ」移動を考えることはまちづくりを考える際の大事な要素。
「おでかけ」確保策は自治体の重要な仕事で、そこに参画、協力するのは住民、利用者の権利であり義務である。これは交通政策基本法にも書いてあります。

本日皆さんにお伝えしたいこと。
・地域交通は見るものではなく使うものである
・地域公共交通は「地域の」「地域による」「地域のための」ものである
・地域のみんながチームとなり、心を合わせて取り組む体制が必要である
・地域公共交通づくりは地域づくりである
・そのような地域公共交通に貢献できる鉄道は鉄道として生き残れるし、貢献できない鉄道を残せば地域公共交通が滅びる

この15年地域公共交通のいろんな制度が変わり、臨む態度は激変しました。つまり、15年前は国や鉄道、バス会社が勝手にやってくれる。別に自治体とか住民が騒がなくてもやってくれる時代でした。ところがいまそうではない。
一方で、法令、補助、支援制度も地方がそれぞれ頑張るということに対して助けるという「地方分権」の仕組みに変わってきた。つまり、その方がやる気のある地域は良いものが出来る。逆に国はそんな細かいところまではわかりません。そういうことなんですね。
で、何もしなければ利用が減るというのは鉄道に限らず。何でも商品とかサービスはみんなそう。10年も20年も何も宣伝もしないで売れ続けるというのは本当に珍しいこと。
自治体、地域、利用者といったその鉄道が必要と思っている人が主役となって動かないと
無くなってしまう。事業者だけに任していることはできないんです。
そのためにも、何故公共交通が必要かを、何故維持しなければならないかを真剣に考え、要領よく体現する必要がある。そのために、地域、利用者の皆さんに何ができるかというのを考えていただきたい。

いろんなツールがありますが、一番代表的なものは鉄道を残そうとか地域交通を変えていこうとするには地域公共交通活性化再生法というのをよく勉強しておかないといけない。
何かやろうとするならそのためのルールくらい知っておかないで何ができるのかってことですから。これは2007年10月に施行され、2014年11月に中規模の改正が施行されています。いずれも衆参全会一致ですので、全くこれに対して反論が無い。そういう法律になっています。
この改正前はこの法律を使って三セク鉄道、コミバス、デマンドばかりやっていた。で、それだと一部分なので幹線になる鉄道バスも盛り上げていかなければならないということで、そこを中心にした「網」全体を扱うことをこの改正以降はやっていきましょうねということを国もアピールしていますし、私自身は以前から意識してやってきました。

鉄道って言うのは何故必要かと考える時に自分の生活に置き換えて無くて困るかどうかというのを具体的に考えていただきたい。ライフスタイルと鉄道がかなり乖離していることが考えられる。
たとえば高校生、昔は黙っておけばみんな乗る。最近では自転車とか親とか彼氏の送迎に移行これがあると、友達が送って貰ってるよと聞くとじゃあウチも送らなきゃ行けないなとか、なんでウチは送ってくれないのとか、2年くらいでそれまでほとんどバスや電車に乗っていたのが、みんな自転車になったり送迎になったりというのがあるんです。
こういうことは本当に恐ろしい。私学は自分達でスクールバスで囲い込むとかやる。そういうことに対して鉄道やバスはどう対応しなければならないのか考えなければならない。
ただ単にとにかく必要だ必要だと言ってるだけで何が残せるのかって事ですね。

そうやって利用が減ってるうちに地域で駅がとても寂れているとか、家や商店が鉄道の方を向いていないとか、自治体の施設のパンフレットとか観光地のパンフレットとか見ても鉄道でどう行ったらいいか全く書いていないとか。そういうのがいっぱいある。話にならない。
こんなことで存廃を語る資格があるのか。特に自治体の皆さん自分のところのホームページとかパンフレット見てくださいよ。自分のところの施設どう行ったらいいかどう書いてあります?札幌から高速道路で2時間とか、そういうふうに書いていません?ちゃんと鉄道でどこどこ駅から徒歩何分、以外とこの徒歩何分っていうのが歩いたことが無くて、地図で測って何分とか書いてあると間違ってることあるんですよ。そうやってやらないと「わかっていない」ってことなんです。

そして鉄道は2つの神話がある。
1つは鉄道廃止代替バスは乗客を大きく減らす。一般的にはそうです。ただ単に廃線を縫って走ってるなら減るに決まっています。廃線を機に公共交通網を大きく見直さなければダメなのに、それをしないでただ縫って走っていたら減るに決まっています。

鉄道が廃止されると地域が衰退する
いろんな研究がありますけど、それをいろいろ見て、自分がいろんな地域を廻った経験では、自らが鉄道を維持出来ないような地域だから衰退する。鉄道があっても無くても衰退する地域は衰退するし、しない地域はしない。これは研究で結果もはっきり出ています。
利用されていないものならなおさらあっても無くても関係ない。

結論、鉄道は神棚に飾っておいても全くありがたくない。地域づくりのための「高級な」道具であり、高級であるが故に自ら率先して「守り」「育て」「活かす」もの。他人にやって貰うなんて言うのは「論外」です。

こういうことは岐阜や桃花台新交通の敗戦処理で強く実感しました。

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